わたしと「昔ながら」。

MY SHIOKARA
STORY Vol.7

「あ、これだ。俺らの塩⾟だ。
そう思いましたね」

宮城県気仙沼市
男⼭本店 社⻑ 菅原昭彦さん

「昔ながらの濃厚熟成塩⾟」と⽇本酒の相性を、お酒の造り⼿の⽅に直接確かめてみたい。そんな想いがありました。気仙沼の⽼舗酒蔵・男⼭本店の社⻑である菅原昭彦さんが⼼よく引き受けてくださり、相性やおすすめの銘柄、塩⾟の美味しい⾷べ⽅を教えていただきました。

肝の旨味の濃さが、
気仙沼の塩⾟らしさ。

「昔ながらの濃厚熟成塩⾟」は間違いなく、⽇本酒と良く合いますね。酒とイカの旨味同⼠がうまく混ざり合うのだと思います。気仙沼の皆さんが⾔われると思うんですけど、気仙沼ではイカの塩⾟はやっぱりソウルフードみたいなところがあります。各家庭で作っていますし、その家ごとの味があります。
イカの肝がたっぷり⼊った「昔ながら」は、我が家の味に近いんですよ。
多くのイカの塩⾟は旨味より⽢みのほうが強いんですが、「昔ながら」は肝の旨味がすごく感じられる。
初めて⾷べた時に「あ、これだ。俺らの塩⾟だ」と思いましたね。

寝かせることで、
イカの旨味が増す。

それに「昔ながら」は、やっぱり熟成感があります。味がなじんでいます。
塩⾟は、作り⽴ての時はあまり美味しくないんですよね。好みもありますけど。
家内も塩⾟を時々作りますけど、作り⽴ては味がなじんでいないので、うちでは冷蔵庫で寝かせます。そうすると、とろみが少し出てきて、イカも柔らかくなり、旨味も乗ってきますね。

波座・朝⽥:うちの⼯場⻑は、イカを⼀夜⼲しにしてから塩⾟を作るのが気仙沼の⽂化だと⾔います。
イカの⾝を最初に乾燥させておくと、イカの肝と混ぜた時に、浸透圧で乾いた⾝に肝の旨味が⼊っていくんですよ。

⼀夜⼲しをすれば⾝の旨味も増すでしょうし、なおかつ「昔ながら」は樽で⻑期に熟成させるから肝の旨味も⾝によく乗るでしょうね。肝の旨味とイカの⾝の旨味がうまく混ざり合う。多分それが、⽇本酒のアミノ酸と⾮常に相性が良いのだと思います。

港町の造り酒屋として、
⼤正元年に創業。

男⼭本店は1912年、⼤正元年の創業で、ちょうど110年⽬になります。
気仙沼は三⽅を⼭に囲まれていますので、創業当時は⾏き来が不便な場所だったんですよね。だから、良いお酒がなかなか⼊って来ない。それで曽祖⽗がここでお酒を造って、港町の酒屋として漁師さんたちに供給していったのが始まりです。
今もそうですが、お酒は担税物資なので製造免許を取るのが難しいんですね。曽祖⽗が苦労して免許を取得できた時に、お礼参りに伊勢神宮へ参拝に⾏き、京都の⽯清⽔⼋幡宮、別名・男⼭⼋幡宮にも⽴ち寄ったんだそうです。
そこの宮司さんから「酒造りを始めるなら、ここは男⼭という⼭なので酒らしい名前だし、⼭から⾒えるのが伏⾒の酒蔵なので『伏⾒男⼭』という名前で売ったらどうか」と助⾔され、「伏⾒男⼭」という銘柄で始めたと聞いています。

気仙沼の海の幸を
引き⽴てる「蒼天伝」。

「男⼭」を名乗る銘柄は今でも全国で20ぐらいあります。気仙沼で「男⼭」と⾔えばうちしかありませんが、他の地域でも⼿に取っていただくには紛らわしいんですね。そこで、20年ほど前に新たなお酒として造ったのが「蒼天伝」です。
「気仙沼の⻘い空と⻘い海、そして豊かな緑」、これらを全部込めて発信しようと考えて「蒼天伝」と命名しました。
⻘い空のイメージですから、味わいも透明感のある、爽やかでスッキリした味わいを⽬指し、気仙沼で⽔揚げされるカツオやサンマなどの特に⻘⿂系の美味しさを引き⽴てるお酒として設計しました。

「昔ながら」は「蒼天伝」。
⻘唐⾟⼦⼊りなら「気仙沼男⼭」。

「昔ながら」に合う銘柄として⾃分が選ぶとすれば、「蒼天伝」の純⽶酒系ですね。
これらは、⾹りが穏やかなんですよ。⾹りが穏やかということは、⾷材の味を邪魔しません。それに、旨みの部分が合うんじゃないですかね。このお酒はアミノ酸をけっこう持ってますから、「昔ながら」の旨味と混ざり合って、美味しく楽しめると思います。

朝⽥:私は、⾟⼝の「男⼭」の⽅が合うのかと思っていました。

もちろん、「男⼭」にも合います。特に、純⽶酒のほうがよく合うでしょうね。
ただ、「男⼭」だと「蒼天伝」よりもキリッとしているので、⻘唐⾟⼦⼊りの「昔ながら」のほうが合いそうですね。
⻘唐⾟⼦⼊の塩⾟は、ピリっと⾟みが効いて美味しいですね。後味でピリッと来る。
初めて⼝にした時、⾷べるうちにだんだんピリピリッっときて、「あれ、なんだコレ?」という驚きがありました。良い感じに刺激があって、⾷べていて飽きませんね。

「昔ながら」は、つまみに最適。
海苔巻き、カナッペでも。

「昔ながら」を⾷べる時は、私の⼀番はやっぱりお酒のつまみですね。
瓶から平らな⽫に取り出して少し空気にさらして、味をなじませてからつまみます。いつも、そういう⾷べ⽅ですね。
男⼭本店のお酒は創業以来、⾃然と気仙沼の⾷べ物に合うように造られてきました。
現在は「ペアリング」と⾔って、これまで以上に地元の⾷材に合わせることを意識して造っていますので、「昔ながら」とは本当にベストマッチでしょうね。
先⽇もお酒のつまみにいただきましたけど、ペロッとひと瓶空けちゃったりして。⾷べすぎちゃう(笑)。もうこれだけでお酒を飲めてしまう感じですよね。
もちろん、ごはんに乗せても⾷べます。ごはんが残り少なくなると、ごはんと軽く混ぜてるかな。タレを少し染み込ませる感じで。あとは、海苔で巻いても⾷べますね。最⾼の アテになります。
それ以外だと、カナッペと⾔うか、カリカリのフランスパンやクラッカーに乗せたり。そ うなるとビールを飲んだりもしますけど(笑)。
でも、やっぱり塩⾟だけで⾷べるパターンが多いかなあ。

「昔ながら」は、レシピ化
できないから難しい。

今の「昔ながら」は味に⼀定感がありますが、かつての「昔ながら」は味わいに少し変化があって、むしろそこがおもしろかったですね。微妙な違いを楽しんでいました。

朝⽥:この塩⾟は、本当に難しいんです。
イカによって同じ⼀夜⼲しをしても乾燥率が毎回違いますし、今⽇仕込んだ樽と2週間前に仕込んだ樽でも味が違います。
それをうまく混ぜて味を整え、しかも上のレベルで安定した形で出さなきゃいけない。そこが難しい。レシピ化できないところなんですよね。

そうでしょうね。調味料で味つけをしているレベルの塩⾟なら⼀定にできるのだと思いますが、新鮮なイカの肝を使っていて、しかも発酵⾷品ですから作るのは⼤変だと思います。でも、味が⼀定でなくても実はいいんじゃないかとも私は思うんですけどね。波座さんのような⼿作りの塩⾟は。

美味しさを
再現し続けるのが技術。

お酒も全く同じですよ。
再現性があるように造るんですけど、できなかったらできなくても良いとおっしゃるお客様もいらっしゃいます。「今年はこの味なんですね」と、違いを楽しみにしている⽅たちもいらっしゃるんですよね。
料理⼈などプロの⽅だと毎年、酒蔵⾒学にお越しになって、「今年の出来はでどうですか」と味を確かめに来る⽅もいらっしゃいます。楽しみ⽅も千差万別ですね。もちろん、できるだけ再現性があるように⽬指すのは当然のことです。そのための技術だと我々は考えています。朝⽥さんがおっしゃる通り「⾼いレベルで安定させる」ために。

取材を終えて。
波座・朝田慶太

温かく⾒守ってくださっていたことに感激しました。

菅原社⻑は震災以後、気仙沼商⼯会議所の会頭として気仙沼復興を⽀え、貢献されてきた⽅ですので、私⾃⾝とても尊敬している⽅です。男⼭本店や酒造りについて、背景を含めてここまで詳しく伺ったのは初めてでしたので、興味深く聞かせていただきました。
誕⽣当時の「昔ながら」の味のばらつきをおもしろいと思って楽しんでいたと伺い、あの頃から温かく⾒守ってくださっていたことを知り、とてもうれしかったです。ありがとうございました。

取材を終えて。

男⼭本店

気仙沼の⽼舗酒蔵の1つ。昭和初期(1930年)に建造された店舗は、震災で倒壊したものの3階部分が残っていたため、気仙沼の歴史の象徴として多くの⽅の⽀援により再建された。3階は、気仙沼の歴史と⽂化を感じられるギャラリーとして無料で開放している。

男⼭本店酒蔵・客座敷

⿂町の店舗から徒歩3分の場所にある。酒蔵に隣接する「客座敷」は、昭和7年(1932年)に建てられた⽊造平屋で国登録有形⽂化財。お酒の情報提供のほか試飲販売も⾏なっている。酒蔵⾒学はサイトからの事前予約により可能。